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【手術一週間前】 2010年10月29日

あっという間に、Stage3の手術の一週間前になりました。
11月5日出発、11月7日オペ。入院は3週間~1ヶ月。

ここまでくるのに、いろんなことがあった。

中学3年生の時に性同一性障害という言葉を知って、治療に関する決心を固めて、行動に移し始めた。
高校1年生の時に、先生に手紙を渡して体操着でいることの許可を求めたりしていた。
だけど高校2年生の時、悔しくてたまらなかったけど大好きな女子校を転校し
男子学生として学校生活をおくるようになった。
16歳でNHKハートをつなごうに出て、ホルモン注射を始め、改名もして。

それでも鬱やパニックで学校へ通うことさえ困難になり、ひたすら手術代をためるバイト生活へ。
高校3年生の春、もう親とは折り合いがつかないと判断して家をでることに。
もう耐えられなくなったんだ。
俺は小さい頃に親から虐待を受けてきた。
「いなければよかった」
「産まなければよかった」
成績が悪いと物が飛んできたり…と、言葉の暴力も含めまぁ色々あったんだけど。
幸い理解してくれ引き取ってくれるといってくれた姉さんがいたことで俺は救われた。
その後の俺のPTSDからによるいじめなどのフラッシュバックで何度も死にそうな場面から救ってくれた。
感謝しても感謝してもしきれない命の恩人だ。
16歳だとわかっていても、注射を許してくれた姉ちゃん。
そうしないと俺は命を断ってしまうという雰囲気を悟ってくれて、危険を覚悟で許してくれた。
この姉ちゃんがいなかったら、俺は今この場にいなかったと思う。
未だに生きている自分がいること。姉ちゃんがいなかったらありえなかった。
姉ちゃんは俺にとって、大切な大切な人なんだ。

18歳になった直後、タイでデモがおき渡航延長というトラブルがあったが
Stage1の胸オペ、内摘を済ませてきて
同じく18歳でStage2の膣閉鎖、尿道延長、前腕部尿道形成手術も済ませてきた。
6日間も尿閉で入院延長をして、精神的に落ち込んで泣きじゃくった時も姉さんは俺を抱きしめてくれた。
そして残るは最後。19歳でStage3の陰茎形成手術。
やっと、やっとこれで終わらせられる。
また何かが起こりそうで怖いけどね。

とんとん拍子に行っているように見えるかもしれないけど、
実際はすごく苦難の道のりで、何度も何度も死にたいって挫けそうになってきた。
何故こんな手術のために、自分が自分でいたいだけなのに
400万に近いお金を貯めなければいけないのか。
遊ぶこともできず、ひたすらバイトの毎日を送る日々。
お金は百万単位で一気に消えてしまう。残る残高は5000円程度。
そんなことを3度も経験してきた。
振り込むときは、いつも虚しさを感じていた。
それでも、その引き換えに自分の身体を取り戻すことができるんだ、と自分を励ましていた。
それと同時に自信もついていった。
100万円貯められたんだ、110万円貯められたんだ、150万円貯められたんだ。
こんな俺でも、できたんだ。
こんなよわっちい俺でも、できたんだって。
ただ”お金を貯める”ということだけなのだが
何にもできない自分だったから、たったのそれごときのことで少しだけ自信が付いた。

何年かかっても鬱やPTSDという心の病からも脱出することはできず、
眠れない日々を過ごすことも多々あった。
何十錠もの薬を飲んでも効かないこともあり、夜が怖くて仕方がなかった。
夜眠れなければ昼間眠れるだろうと思っていたが
昼間も眠ることができず、家で独りどんどん落ち込んでいく自分がいて。
倒れることも何度もあった。救急車に何度お世話になったことやら。
それでも、それでも、張り詰めた細い細い糸を切らさないように
ひたすらバイトを重きにおいて頑張ってきた。

そのバイトも、今月末で終わってしまう。
大好きな職場だったからすごく名残惜しいが
またいつでもヘルプで入りにいけばいいかなって思っている。
たまに顔出しに遊びにいけばいいだけのこと。
大好きな職場で居心地のいい職場だけど、ずっとぬるま湯に浸かっていてはいけない。
甘えてばっかじゃいけない。
もうそろそろ自分も次のステップへと足を運ばせなければならないと思ったんだ。
自分がやりたいこと、やりたかったことへの挑戦。
まだ具体的に決まっているわけではない。でもやりたいことは沢山ある。
これから新しいことを始めて上手くいかないこともあるかもしれない。
挑戦しているうちに別の道も見えてくるかもしれない。
これからどんな人生が待っているかわからないけど
楽しいことも、苦しいことも、嬉しいことも、悲しいことも、辛かったことも
全部全部、自分の糧になっていくんだと信じて。
新しい道を切り開いていきたいと思う。

最後の手術。
これで、本当にもう最後なんだ。
もう当分タイには行かなくていいかな。笑
毎回毎回なにかしらのトラブルがあったから、もう何が起きても驚かないかもね。
それでも不安なことは沢山ある。
一人でタイへ行くこと。一ヶ月ちょっとという長いタイでの生活。
今までは姉ちゃんもついてきてくれたから、安心感があった。
今回は一人。
でも、いくら不安だろうと、手術をしないなんて選択肢は俺にはない。
やるっきゃないんだよ。
やってやる。
これを乗り越えたら、俺はまた一つ大きくなって帰ってこれるはずなんだ。
その大きさは普通の人よりも一回り小さいかもしれない。
でも、少しずつ少しずつ大きくなっていけばいい。
焦ることなんて、ない。
ゆっくりでいいんだ。
俺はいつも焦って先を結果を求めてばっかりいた。
でも、焦ってばかりで上手くいくことなんて一つもなかった。
俺には俺のペースがあるんだ。みんなにはみんなのペースがある。
ゆっくりでもいいんだ、そう思えるようにはまだかかるかもしれないけど。
一つずつ一つずつ積み重ねていきたい。

自伝小説の出版も、順調に進んでいて20歳中には出版にこじつけられそう。
突然本を出版するだなんて、とっぴなことをしたと自分でも思っているけど
思うことが沢山あって、それを残したいという気持ちが大きかった。
自分の記録としてもね。20歳まで生きてられるなんて思ってもみなかった自分の記録。
形として残したいと思って、書きつづっています。
ちなみに20歳の誕生日はタイの病室でむかえることになります。笑

ラストのStage3は早朝から夕方までかかる大手術になるだろう。
一番難しい手術。
でも、俺にできることはなにもない。
禁煙はしたけどね。
できることは、手術の成功を祈るばかり。
手術が終わってからは、痛みに耐えて孤独に耐えて…
でも、一つでいいから面白いことや楽しい思い出も持って帰れたらいいな。

あと残り一週間。
バイトはあと残り2回だけ。
思いっきり楽しんでやる!!


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