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自分の今後の治療(陰茎形成の手術)について

※あくまで計画段階ということを念頭に置いておいてください。
 この先、何が起きるかなんてわかりませんから。
 ただ、自分のこの先の治療をどうするのか気になる人が数名いたので
 軽く説明しておこうと思い、この記事を作成した次第です。
 追記をしたので、追記の方まで読んで下さると有難いです。

まず、戸籍変更の条件に20歳以上というのがあるので、20歳まで戸籍変更できません。
(戸籍変更までの流れや条件、裁判所での提出書類等については
 20歳になって裁判所で戸籍変更した時に記載する予定でいます)

なので、それまでに陰茎形成を終わらせたいと考えています。
2009年中に第2ステージ、2010年中に第3ステージの手術を終わらせたいと。
そして2010年に20歳になったら速攻で戸籍変更の手続きをしに行きたいです。

あくまで、自分の望む計画であるので、うまく行くとは限りません。
Stage2、3あわせて総額300万近くの金を貯められるかという、金銭面が危うい感じなので…。
でも、陰茎形成が終わるまでは大学や就職などのことは考えていません。
自分には手術のためのバイトと勉強を、両立できる程の器量がないのはわかっているので。
手術を終えて戸籍変更を終えてからが、新たなスタートなのに
自分の先の人生(治療以外)のことを考えてないってどうなのと思われるかもしれませんが
正直言って今の自分は手術のことしか頭にありません。
そうでないと、思考がどうしても死に向かってしまうからです。
考えたくても、考えられないのです。
だからある意味、賭けといっても過言でないかもしれませんけどね。

2009年04月01日 暁斗


※追記 【陰茎形成の手術について】

簡単に自分は手術をすると言いましたが、第2第3ステージの手術はかなり過酷なものです。
立ちションできるまでの治療をしたい!とよく聞きますが
立ちションができるサイズの陰茎形成の手術は、かなり過酷なものです。
(立ちションとなるとミニペニスではできないと思うので、前腕部等で形成しなければならない)
治療を始めていない人にとっては、現実的にどうやって手術するのか
その後どうなるのかという過程や、実際の現状や知識がない状態だと思うので
とりあえず立ちションまで治療したい!というのはわかりますが…。
たぶん治療が進んでいくうちに、”安易だったなぁ…”って思わされるかと思います。
ていうか自分が現にそうでしたから←
それでも、きちんと手術方法やその後のケアなどに関しての知識や体験談などを把握した上で
俺はこれから陰茎形成の手術に臨もうと、覚悟を固めました。

第2ステージでは膣閉鎖、尿道延長、前腕部への埋め込み(前腕部陰茎尿道形成手術)。
第3ステージでは、第2ステージで作った前腕部の物をペニスとして形成する、陰茎形成手術。
両方とも、その後の日常生活にとても支障をきたすような大掛かりな手術です。
知り合いから今のヤンヒー病院での事情を詳しく話を聞き、5年くらい待った方がいいとも言われました。
特に第3ステージは、ペニスの定着が上手くいくかもわからないし、前腕部はえぐられた状態になります。
第3ステージの後は日常生活を送ることさえ難しいと覚悟しておいた方がいいと思う。

でも、自分はその過酷さを聞いても、やっぱり揺らぐことなんてなかった。
少しだけ、揺らいでほしいって期待してる自分がいた。
そしたら陰茎形成は焦らないでいいって考えられて、生き急がなくて済むのかなって。
そんなことなかったけど。
ホントに、俺は全然揺らがなかった…。

5年後に手術を延ばすとか、先の自分を想像できなかった。
自分が今の状態のまま、生きていることを。
この世に存在している自分を。

手術を延ばすというだけで、
この先、生きている自分すら想像ができない。
少しだけ哀しく、いや虚しく感じた。

いくら、手術の成功率が半々になってて、もし手術が上手くいかなかったとしても
それはそれまでだったと思うしかない。
今、陰茎形成のドクターがスランプになってるらしくて
(FTMの人数の急増+インプラントの不備が多すぎた件などでナーバスになってるらしい)
第3ステージの手術の成功率が半々になってきているって。
でも、それは5年後になったからって、成功率が上がるなんて言いきれないだろうと俺は思うんだ。
手術にはいつでも死ぬかもしれないという危険がついてまわる。
失敗するかもしれないって毎回思いながらも、それでも手術を臨んでいる。
そんなの覚悟の上で、手術したいってずっとずっと思い続けてきたんだ。
胸がある生活、ぺニスがない生活を、この先思い描くことができないから。

そんでもって、未来の自分を思い描くことができる生活を、夢見てる自分がいるから。
そんな自分がいることに少し驚いたりもしてるけど。
今までは、全部の手術が終わったら、死んじゃうんじゃないかって思ってた。
やり残すことがなくなったら、もういいよって。
でも、少しずつ、そう思わなくなってきたんだ。
それは親元を離れた今いるこの環境があるからこそ、そう思えるようになってきた。
自分から変わろうとすることに、手助けをしてくれる人たちのいることの有難味。
本当に本当に、感謝してもしきれないくらい沢山もらっている。
このもらった分、俺はそれを返せるくらい強く大きくなりたい。

まぁ、だから速攻で第1ステージを終えてきた。
もし今回の手術で(特に第3が)滞在延長や再手術、再渡航になるようなことになっても、
仕方がないことだ、としか言いようがない。
個人の体質による個人差だってある。
手術を5年後に延ばしたからって、絶対に上手くいく保証なんて何処にもない。
勿論、5年という時が経過している分、ドクターの技術が上がっているであろうから
手術の成功率は上がるかもしれない。
ペニスももっと精巧なものになるかもしれない。
インプラントも新しく丈夫なのが出来上がっているかもしれない。

でも、”かもしれない”という確証のない状態で
俺は5年間も我慢して生きてられんの?
そう考えたら、真っ先に無理だと思った。
耐えられる、耐えてやる!って思いたくても思えない。
絶対耐えられないだろうな…、と思わされる自分がいた。

今の計画のまま行ったら、お金に関してはすごいカツカツなのは確か。
第3が終わったら、左腕が全然使えなくて
リハビリを早くしたいと思ったって、肉がちゃんとつくまでやったら駄目だから
バイトはできないだろうし、日常生活さえキツくなるだろう。
無理やりやって腕を酷使すれば、回復する時に負荷がかかったがために
見せられないような、汚い凸凹状態の腕になる可能性もあるかもしれない。
(実際に見た人から聞いたけど、結構酷かったらしい…)
もちろんペニスの方だって、ものすごい神経を使う。
尿道が完全に固定するまでは、トイレの度にカテーテルの処置をしなければならない
(だから第3が終わっても当分、1,2年くらいはまだ個室を使わざるをえないと思う)
そして、不具合を感じたらすぐに再渡航・再手術をしなければならない覚悟がいる。
最悪、日常生活でさえいっぱいいっぱいで動けなさそうな感じ。
医療従事者がそこまで言うくらいだから、相当のことだと俺は思った。
コンビニのバイトでさえ、なんだかんだ重い荷物の持ち運びはあるから
左腕を使わないようにするなんて、できないと思う。
まぁ個人の回復度合いにもよるし、最悪のパターンを想定してでの考えだけど。

えーと。だから、俺は生活費すらカツカツになる。
今でさえ、第2第3の手術代だけでいっぱいいっぱいなんやから。
知り合いで第2ステージ行っている人をを見て、第2の後にバイト復帰できるくらいにはなるってわかったけど
1ヶ月以上もシフト抜けて、戻らせて下さいなんて通用するかどうかわからないし
通用するようになんとか理由付けて1ヶ月の休みをもらう予定でいるけどさ、
それがダメで解雇になったら、また一からバイトを探さなきゃなんない。
まぁまた近くのコンビニにアタックしにいくんだろうけどさ。
そんなんだから、第3が終わった後の生活費まで稼げる余裕はない。

それでも、なんとかできるかなって思う自分がいるんだ。
自分は家の食べ物を食べないから食費分を何千円減らしてもらうとか
お金を借りるのはすごい嫌だけど、利子をつけて必ず返すって
借用書を書いて借りることもなんとかできると思うし…。
嫌やと思っても、ないもんはないからそうするしかなかったらそうするしかない。
最悪、あの親から借りることも頭に入れている。
それくらい、手術を終わらすことが先決だと俺は思ってるんだ。

もし金が尽きてしまっても「生活できないってことはないだろう」って思える自分がいる。
それは俺がまだ18歳であることと(成人していないということ)
親元を離れたこの場所に住んでいるという恵まれた環境にあるから、そう思える。
この考えは甘いと思うよ。
でも、生きていればこの借りをいつか何かの形で返すことができるって。
その借りを返せるまで、俺は生き続けなきゃって。そう思う。
偶然なのか必然なのかなんてわからないけど
本当に、本当に、俺はこの人達と出会わなかったら死んでいただろうなって思う。
出会えて、よかった。
ここにきて俺は実家でヒッキーしていた頃のことを、思い返すことが少なくなった。
堕ちることが全くなくなったわけじゃないけど、急激に減った。
最近はもうずっと倒れなくなったし、精神的に不安定になる時間も減ってきている。
「生きていく」という土台
少しずつ、少しずつだけど、この場所で俺は作り直している。
そんな簡単にできてるわけじゃなくて、行ったり来たりしてるけど。
少しずつ、確実に、前を向けるようになってると思うんだ。

俺は、第3が終わった後は受験勉強に専念したいと思ってる。
いつ受験するかはわからんけど。マジで馬鹿やから時間かかると思うし。
でも第3で帰ってきた後の左腕が使えない状態でも、勉強には差し支えがない。
もちろんバイトができる体調まで戻ったら、すぐにバイトは再開するよ。
でも今みたいに金金ってならなくて済むはずから、がむしゃらにシフト入れまくるんじゃなくて
きっちり家賃と生活費の何万円って金額を決めて
その金額の分だけのバイトをするつもりでいる。
時間が経って、精神的にも体調的にも余裕ができたら増やすかもしれないけど。
(貯金は欲しいから。再渡航用、タイでメンテナンスをうけるとなった時のためにも。)
でも、手術が全部終わってしまえば、俺の中での優先順位は受験になる。
いや、受験というより、”自分のやりたいこと”にようやく向き合える。

正直、この年齢でこの時期だからこそ、今終わらせるべきだとも思ってる。
戸籍変更待ちという状態で動けないこの2年間。
5年後、もし学校に通ってたら第2第3の手術なんていけない。
1ヶ月以上の休みを2回もとらなきゃいけなくて、それも第3の後は日常生活でさえ危うくて
学校に通って授業などを行えるのかさえわからない。
第2の後でさえ、左腕は隠さなあかんようになるし。(カテーテルを埋め込んでいるから)
特に、俺の志望する学校だと尚更駄目なんだ。
第3ステージの後だって、腕に肉がつくまでリハビリさえできなくて
左腕が使い物にならなくて…なんて、そんな理由で休学なんてしたくないし。
また勉強と手術って、両方とも中途半端になる。
お金に関しては(貯金はしてある状態やと思うから)心配ないかもしれないが
精神的には中途半端になるのは確かやと自分の場合はそう思うんだ。
勉強して、バイトして、手術行って、自分の身体のケアまで気をつけてって、
中途半端になるのが目に見える。今の俺にはできない。
俺、そんな強くないからね…

第3ステージでの腕の傷は、火傷の痕だって言えば済む。
でもそれには完治(肉がついてリハビリが終わった状態)までもっていく必要があるけど。
凸凹にならないように綺麗な痕にするためにも、
第3ステージの後は腕もペニスも両方に神経質にならなきゃいけないから
日常生活でいっぱいいっぱいになるやろ。
学校と手術の両立はできないと思っている方がいい。
大袈裟に、最悪のパターンを考えておかないと。
まぁこれは俺の志望している学校との両立って話だけど。

だから、俺はこのまま今の計画を続行していくって覚悟を固めた。
今年の秋に第2ステージ行って、来年の秋に第3ステージ行くっていう計画。
俺はこのまま進めて行くつもりで動いています。

実は、俺のやりたいことなんて本当は沢山あるんだ。
やりたい勉強も学びたいことも本当に沢山ある。
でも、今までは(今でも)全部手術手術で隠されて、そんなんどーでもいいやってなる。
俺の場合は身体が、手術のことが、何もかもの弊害になってる。
手術が全部終わったら、少しずつ自分の夢を見ていけるのかなと願ってます…。
でも、手術が終わったからって、必ずしも精神面も良くなっていくのかっていったらそうではないです。
(俺のメンタル面の弱さや鬱にはGID以外にも原因があるから)
まぁだから、本当に賭けみたいなもんなんスよ…。

2009年04月18日 暁斗




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